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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)167号 判決 1999年1月26日

京都市北区紫竹下ノ岸町25番地

原告

株式会社龍村光峯

代表者代表取締役

龍村順

訴訟代理人弁護士

鬼追明夫

的場俊介

浜田雄久

白出博之

石川順道

弁理士 亀川義示

京都市中京区壬生森町29番地

被告

有限会社龍村織賓本社

代表者代表取締役

龍村元

京都市中京区壬生森町29番地

被告

株式会社龍村美術織物

代表者代表取締役

龍村元

被告両名訴訟代理人弁護士

龍村全

弁理士 佐々木功

川村恭子

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  請求の趣旨

特許庁が平成1年審判第20911号事件について平成9年5月20日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告らの負担とする。

2  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、「龍村光峯」の文字を縦書きにしてなり、指定商品を商品の区分(平成3年9月25日政令第299号による改正前の商標法施行令による商品の区分。以下同じ。)第16類「織物、その他本類に属する商品」とする商標登録第1738502号商標(昭和57年10月2日出願、昭和59年12月31日設定登録。以下「本件商標」という。)の商標権者である。

原告は、平成元年12月14日、被告らから、本件商標登録の無効の審判の請求を受け、平成1年審判第20911号事件として審理された結果、平成9年5月20日に「登録第1738502号商標の登録を無効とする。」との審決を受け、平成9年6月23日にその謄本の送達を受けた。

2  審決の理由

審決の理由は、別添審決書の理由の写しのとおりである。

3  審決を取り消すべき事由

審決の理由の1(本件商標の構成、商標登録出願日等)は認める。

審決は、被告らの利害関係及び商標法4条1項15号該当性について判断を誤り、その結果、本件商標の登録は無効とすべきもめとしたものであって、違法であり、取り消されるべきである。

(1)  被告らの利害関係について

(イ) 審決は、被告らは、本件商標が、被告らの使用する「龍村」、「龍村平蔵製」、「龍村製」、「龍村裂」、「龍村織」、「龍村織物」、「龍村錦帯」等といった「龍村」の文字を要部とする商標(以下「龍村商標」という。)と混同し、ひいては被告らの業務に係る商品と混同することなどを理由とし、また、被告らは、本件商標が、大阪高等裁判所昭和53年(ネ)第1425号土地建物所有権移転登記等抹消登記手続請求控訴事件における和解(以下「本件和解」という。)において原告が使用しないこととされた龍村商標と類似、混同することを理由として、本件商標の登録の無効を求めているから、被告らは、本件審判の請求について利害関係を有すると判断しているが、誤っている。

(ロ) すなわち、被告らは、本件和解によって、原告が「龍村光峯」という名称でその指定商品を製造販売することを争わない義務を負うとともに、原告が営業をするに伴い本件商標を使用することについても争わない義務を負い、かつ、原告による本件商標の商標登録出願に関しても争わない義務を負っており、したがって、被告らは、本件商標の登録の無効の審判を請求するについて何らの利害関係を有しないものである。

(ハ) この点について、被告らは、本件和解において、原告に対して商号「株式会社龍村光峯」の使用のみを認めたにすぎない旨主張する。

しかし、被告らは、本件和解に当たって、龍村商標の要部である「龍村」と、原告の商号の要部である「龍村光峯」とが非類似であり、原告が「龍村光峯」を要部とする商号を使用しても原告と被告らとの営業に混同を生じないことを認識し、上記商号が商標類似の機能を果たしたとしても、龍村商標と本件商標とは十分に識別され、混合を生じないことをも認識しつつ、これを前提として、原告が商号を「龍村光峯」に変更することで和解が成立したものであるから、被告らは、本件商標の使用も認めたものであって、商号「株式会社龍村光峯」の使用のみを認めたとする被告らの主張は誤りである。

仮に被告らが主張するように、本件商標が、龍村商標に類似するが、例外的に使用が認められたとするならば、本件和解の和解条項三の項において、但書として本件商標の使用を除く旨明記されるのが通常であるが、これが記載されていないということは、本件商標と龍村商標が非類似であることを前提としているからにほかならない。

(ニ) よって、被告らは本件審判の請求について利害関係を有するとした審決の判断は、誤りである。

(2)  商標法4条1項15号該当性について

(イ) 審決は、被告らの使用する龍村商標は、被告らの業務に係る商品を表示するものとして本件商標の商標登録出願前に著名となっていたところ、本件商標は、全体として特定の者を認識しうるものとして、その指定商品を取り扱う業界において知られていると認められないから、これに接する取引者、需要者は、被告らの業務に係る商品、若しくは、その関連会社又は被告らの承諾を得ている者の業務に係る商品を示すものであると認識し、その商品の出所について混同を生じるおそれがあると判断したが、誤っている。

(ロ) すなわち、初代龍村平蔵の事業は、実質的には、被告ら、訴外龍村晋及び原告の三者に引き継がれたものであって、「京都の龍村」として著名な事業とは、被告ら、龍村晋及び原告の三者を併せた事業をいい、特に、原告は、二代目龍村平蔵として昭和10年頃から初代龍村平蔵と共にその名声を獲得した龍村謙が創設した会社であって、初代龍村平蔵の事業の著名性の確立に寄与したもので、原告の事業もまた、被告ら同様に初代龍村平蔵の流れを汲む事業として著名である。

また、原告の代表者である龍村順は、昭和53年頃から、高級織物の制作活動に使用する雅号として「龍村光峯」を創作し、自己の制作に係る商品の商標として上記雅号を使用してきた。本件商標を使用した原告の商品は、高い評価を受け、いわば、玄人受けする商品として、次第に取引者、需要者の間に浸透していった。そして、本件商標は、商標登録出願の当時ないし登録査定時において、原告の業務に係る商品を表示するものとして取引者、需要者の間において周知、著名となっていた。

更に、龍村商標のうち「龍村平蔵」又はこの文字を含む商標は、「龍村平蔵」との関係において著名なのであって、「龍村」又はこの文字を含む商標についても、「龍村平蔵」と表裏一体のものとして著名であるところ、その「龍村平蔵」の標章のうち「平蔵」の部分が「光峯」と明記された本件商標は、「龍村」と「光峯」が分断されて「龍村」の観念、称呼を生じることはない。

したがって、原告が本件商標を使用しても、被告らの商品との問で混同を生じさせるおそれは皆無であり、審決の前記判断は、誤っている。

第3  請求の原因に対する認否及び主張

1  請求の原因1及び2は認める。同3は争う。審決の判断は、いずれも正当であって、取り消されるべき事由はない。

2  被告らの主張

(1)  被告らの利害関係について

(イ) 被告らは、帯を始めとして壁掛け、テーブルクロスなど高級な美術織物製品の製造販売等を営業目的とする法人であって、長年にわたって周知著名な龍村商標を使用してきたところ、原告も、織物諸製品の製造販売等を営業目的としており、被告らは、原告と競争関係にあるので、原告が本件商標を使用した場合、需要者、取引者において、原告の商品は被告らと何らかの関係がある者の業務に係る商品であるかのように商品の出所について混同を生ずるおそれがあるので、被告らは、本件商標の登録の存否について重大な利害関係を有しているのである。

(ロ) また、原告は、本件和解において、被告らに対し、龍村商標その他の商標と同一又は類似の商標を原告の商標として使用しない旨合意したところ、被告らは、本件商標が龍村商標と類似、混同することを理由としてその登録の無効を求めているものであって、本件審判の請求について利害関係を有するのである。

(ハ) 原告は、被告らは、本件和解によって、原告が「龍村光峯」という名称でその指定商品を製造販売することを争わない義務を負うとともに、原告が営業をするに伴い本件商標を使用することについても争わない義務を負い、かつ、原告による本件商標の商標登録出願に関しても争わない義務を負っている旨主張する。

しかし、被告らは、本件和解において、原告の商号について、「株式会社龍村光峯」と変更して商号登記することを認めたが、これは、被告らの商号と類似するものの、あくまで商号に関する例外として認めたのであって、商標については、原告において、龍村商標と同一又は類似の商標を使用しないと合意したのである。

また、原告は、龍村商標と本件商標とが非類似で混同しないことを前提として、原告が商号を「株式会社龍村光峯」に変更することで和解が成立したものであるから、被告らは、本件商標の使用も認めたものである旨主張する。

しかし、商号としての使用と商標としての使用は、厳密に区別して論じられなければならないものであって、原告は、商号の使用を認められたことをもって、商標の使用にも問題がないかのように主張しているにすぎない。すなわち、商号として登記された名称であっても、それを商品の識別標識である商標として登録する場合には、商標としての登録要件を満たす必要があるのであるから、商号商標であるからといって、その商号を有する法人に商標としての使用が認められるものではなく、商標登録の要件を欠く場合は、登録が認められないばかりか、他人の商標との低触問題も生じうるのである。

(2)  商標法4条1項15号該当性について

原告は、初代龍村平蔵の業績が審決の理由のとおりであると認めたうえで、初代龍村平蔵の事業は、原告にも引き継がれ、「京都の龍村」として著名な事業とは、被告ら、龍村晋及び原告の三者を併せた事業をいい、原告は龍村謙が創設した会社で初代龍村平蔵の事業の著名性の確立に寄与しており、原告の事業も、被告ら同様に初代龍村平蔵の流れを汲む事業として著名である旨主張する。

しかし、本件における問題は、被告らの複製裂を用いた「帯」、「壁掛け」などの高級織物製品の製造販売を通じて長年使用している龍村商標についてであって、龍村商標が、被告らが取り扱う商品に使用するものとして著名であるということである。

被告らは、龍村謙が初代龍村平蔵の事業に貢献したことは否定しないが、昭和51年11月には被告ら代表者龍村元が三代目龍村平蔵を襲名し、被告らとともに事業を発展させ今日に至っているのであって、原告は、被告らとは事業を共にするものではない。それ故、原告が、龍村謙の流れを汲むものであっても、被告らが所有する登録商標を使用する権限はない。

また、原告は、その営む事業が、被告ら同様に龍村平蔵の流れを汲むものとして著名である旨主張するが、本件商標が、その指定商品を取り扱うこの種業界において知られていると認めることはできない。

更に、原告は、龍村商標は「龍村平蔵」との関係において著名なのであり、「龍村平蔵」の名称のうち「平蔵」の部分が「光峯」と明記された本件商標は、「龍村」と「光峯」が分断されて「龍村」の観念、称呼を生じることはない旨主張するが、「龍村」のみの商標も、被告らの長年の使用によって、「龍村平蔵」、「龍村製」等の商標とともに単独で周知著名性を獲得しているものである。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(審決の理由)は、当事者間に争いがない。

第2  審決を取り消すべき事由について判断する。

1  本件商標が、「龍村光峯」の文字を縦書きにしてなり、指定商品を商品の区分第16類「織物、その他本類に属する商品」とするものであることは、当事者間に争いがない。

2  被告らの利害関係について

(1)  証拠(甲第2号証、甲第30号証、甲第36号証)及び弁論の全趣旨によれば、原告も被告らも、いずれも、高級織物製品の製造販売業を営んであるものであって競争関係にあり、原告は、その製造販売する高級織物製品に本件商標を使用しているのに対して、被告らは、その製造販売する高級織物製品に龍村商標を使用しているところ、被告らはぐ原告が、本件商標を使用した場合、取引者、需要者において、原告の商品は被告らの業務又は被告らと何らかの関係がある者の業務に係る商品であるかのように商品の出所について混同を生ずるおそれがあるとして本件審判を請求していることが認められるから、被告らが本件商標の登録の無効の審判を請求するについて利害関係を有していることは明らかである。

(2)  原告は、被告らは、本件和解によって、原告が「龍村光峯」という名称でその指定商品を製造販売することを争わない義務を負うとともに、原告が営業をするに伴い本件商標を使用することについても争わない義務を負い、かつ、原告による本件商標の商標登録出願に関しても争わない義務を負っており、したがって、被告らは、本件商標の登録の無効の審判を請求すうについて何らの利害関係を有しない旨主張するので、検討する。

(イ) 甲第2号証及び弁論の全趣旨によれば、本件和解において、利害関係人である原告と、被控訴人である被告有限会社龍村織賓本社及び利害関係人である被告株式会社龍村美術織物との間で、当時「株式会社龍村平蔵織物美術研究所」の商号であった原告の商号の変更、商号及び商標の使用等に関して裁判上の和解が成立したこと、本件和解の和解条項二の項には、「利害関係人株式会社龍村平蔵美術織物研究所(以下「利害関係人会社」という。)は昭和57年9月末日までに、「株式会社龍村平蔵美術織物研究所」なる現商号を「株式会社龍村光峯」と変更し、かつその旨の登記手続をとる。」、三の項には、「控訴人らおよび利害関係人会社は、その商号および商標の中に、「龍村平蔵」その他、利害関係人株式会社龍村美術織物(以下利害関係人美術織物という)および被控訴人織宝の使用する商号、商標(別紙商標目録記載のとおり)と同一又は類似の商号、商標を使用しない。」という記載があること、このほかには原告と被告ら間に商号ないし商標に関する和解条項は存しないことが認められる。

上記事実によれば、本件和解において、原告と被告らとの間では、原告がその商号を「株式会社龍村平蔵美術織物研究所」から「株式会社龍村光峯」に変更して登記手続をすることが確認されているのみであって、被告らにおいて、原告が「龍村光峯」を商標として使用することを認める条項は存しない。しかも、上記和解条項三の項において、原告が、「龍村平蔵」その他被告らが使用する商号、商標と同一又は類似の商号、商標を使用することを一般的に禁じている条項を設けていることを考慮すると、被告らが、原告に対して「龍村光峯」の文字を商標として使用することを認めたものと解することはできない。したがって、被告らが、原告に対して「龍村光峯」の文字を商標として使用することを認めたことを前提とする原告の上記主張は、採用することができない。

(ロ) この点について、原告は、被告らは、本件和解に当たって、龍村商標の要部である「龍村」と、原告の商号の要部である「龍村光峯」が非類似であり、原告が「龍村光峯」を要部とする商号を使用しても原告と被告らとの営業に混同を生じないことを認識し、上記商号が商標類似の機能を果たしたとしても、龍村商標と本件商標とは十分に識別され、混合を生じないことをも認識しつつ、これを前提として、原告が商号を「龍村光峯」に変更することで和解が成立したものであるから、被告らは、本件商標の使用も認めたものである旨主張する。

しかしながら、本件全証拠によっても、被告らが、原告の主張するような認識のもとで、本件和解を成立させたことを認めるに足りない。

かえって、同じ「龍村光峯」の使用であっても、商号の場合には、商人の名称として使用するのであって、商人の同一性を表示する機能を果たすのに対して、商標の場合には(ただし、平成3年法律第65号による改正前)、商品の標識として使用するのであり、商品の自他識別機能を果たすのであって、明らかに機能を異にしているのであり、かつ、その権利の取得手続、効力等を異にするのであるから、商号として使用の許諾があるからといって、この許諾が、商標としての使用の許諾を包含するもので法いことは明らかである。したがって、原告の上記主張も、採用の限りでない。

(ハ) 以上によれば、被告らが本件審判の請求について利害関係を有するとした審決の判断は、正当であって、取り消すべき理由はない。

3  商標法4条1項15号該当性について

(1)  証処(各項目ごとに括弧内に摘示する)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(イ) 龍村平蔵は、明治27年頃、京都において織物販売業を始めたが、やがて、販売のみでは飽きたらず、西陣に工場を構え、種々研究のうえ創作した九重繻子、細纐織、高浪織といわれる織物帯をはじめとする織物製品を製作販売するようになったところ、これらが、世間にもてはやされ、明治末期には、かなり著名な織物業者の一人に数えられるようになった。龍村平蔵は、その後も古今東西の著名な織物に興味を示してこれを研究複製すると共にその成果を応用した帯等を製作することに努力し、大正8年には、東京、大阪において第1回龍村平蔵織物美術展会を開催し、自己の苦心の作品である帯10点を展示して世に問うたところ、これが古代の有名な織物の模様等をもとに創作された優れた模様を織り出していたところから、芸術品の域に達しているとして非常な好評を博し、これが新聞にも取り上げられて全国に紹介されるに至った。また、大正10年頃には、美術界の著名人の後援によって、古代裂、名物裂の頒布会が結成されて、優れた作品が世間に頒布されるようになり、更に、大正12年頃以降は、宮内省から製品注文もたびたび受けるようになり、特に昭和4年頃には、秩父宮の御成婚に際し皇室から贈られる壁掛の制作依頼を受けるなどし、その結果、龍村平蔵の高級織物製品の製造販売の事業及びその作品は、日本全国に著名となった。ところで、龍村平蔵は、自己の作品に、製作者を明らかにする趣旨で「龍村平蔵製」、「龍村平蔵模」、「龍村製」の文字を織り込んでいたことから、上記標章は、龍村平蔵の製造販売する帯、壁掛け、高級美術織物その他の高級織物製品を表示するものとして日本全国に著名となった。(甲第30号証、弁論の全趣旨)

(ロ) 龍村謙は、龍村平蔵の次男として生まれ、龍村平蔵の高級織物製品の製造販売の事業に寄与してきたのみならず、龍村平蔵の片腕となって古代の織物等の研究、制作に当たり、特に、龍村平蔵が宮内省からの依頼で正倉院の古代裂について研究していたのを助け、やがてこの研究を引き継ぎ、法隆寺や正倉院の古代裂、古代錦の復元等に情熱を傾け、その研究の過程が、NHKのテレビドキュメンタリー番組において「幻の錦」という題名で放映されたり、中学校の国語の教科書に掲載されたりして、古代の織物の研究者として、日本全国に著名となった。(甲第12号証、甲第15号証、甲第16号証、甲第30号証)

(ハ) 龍村謙は、昭和23年に龍村織物株式会社を設立して、その経営に当たったものの、昭和27年に倒産するに至った。その後、有限会社龍村製織所が設立されたところ、これが昭和30年12月3日に設立された被告株式会社龍村美術織物に引き継がれ、龍村平蔵の四男龍村徳が代表取締役に、龍村平蔵の六男龍村元らが取締役に、龍村平蔵が最高顧問に、龍村謙が顧問に就任し、龍村平蔵の前記事業を引き継いで高級織物製品の製造販売業を継続した。被告有限会社龍村織賓本社は、昭和37年3月27日に被告株式会社龍村美術織物の関連会社として設立された。被告株式会社龍村美術織物は、龍村平蔵から、同人の有していた登録商標の商標権を譲り受けるとともに、新たに「龍村」に関連する商標の商標登録出願をし、「龍村平蔵」、「龍村」又はこれらを含む商標(龍村商標)及びその他の関連商標を、被告らの製造販売する高級織物製品に、被告らの商品であることを示す標章として使用していた。(甲第12号証、甲第15号証、甲第16号証、甲第30号証、弁論の全趣旨)

(ニ) 龍村謙は、龍村平蔵が昭和37年に死亡した後、昭和41年に二代目龍村平蔵を襲名したものの、会社の経営方針を巡って、龍村徳及び龍村元と意見が合わず、昭和50年1月に被告株式会社龍村美術織物を辞め、昭和51年3月24日には原告(設立当初の商号「株式会社龍村平蔵織物美術研究所」)を設立し、その代表取締役に就任し、新たに高級織物の製造販売の事業を開始したが、昭和53年11月に死亡した。龍村謙の三男龍村順は、龍村謙の死後、原告の経営を引き継ぐとともに、「龍村光峯」と称し、龍村平蔵及び龍村謙の作風、技法の流れを汲んだ高級織物製品の製作に従事し、自己の作品を掲載した書籍を出版したり個展を開催したりし、同人の活動がテレビや新聞で報道されることもあった。そのような場合に、龍村順は、原告の製造する高級織物製品が祖父龍村平蔵及び父龍村謙の作風、技法を引き継いでいる旨広告宣伝するのが常であり、新聞等においても、龍村平蔵及び龍村謙の流れを引き継いで高級織物を製造販売している者として、龍村順を紹介していた。(甲第3号証の1及び2、甲第4号証、甲第5号証、甲第6号証の1及び2、甲第7号証、甲第8号証、甲第11号証ないし甲第13号証、甲第15号証、甲第18号証、甲第19号証の1及び2、甲第20号証ないし甲第26号証、甲第37号証)

(ホ) 被告らは、龍村謙が被告株式会社龍村美術織物から独立した後も、龍村元を三代目龍村平蔵とし、龍村平蔵及び龍村謙の作風、技法を引き継いで高級織物製品の制作に従事し、東京、大阪などのデパートで被告らの製造する高級織物製品の展覧会を開催するなどし、龍村商標と結び付けて商品の広告宣伝に努めた。(甲第30号証、弁論の全趣旨)

(2)  上記認定の事実によれば、被告株式会社龍村美術織物は、龍村平蔵から、その高級織物製品の製造販売業を引き継ぎ、同人の有していた登録商標の商標権をも譲り受け、龍村徳が代表取締役に、龍村元が取締役に、龍村平蔵が最高顧問に、龍村謙が顧問に就任して、その事業を開始したのであるから、それまで龍村平蔵の個人事業であったのを同族会社として法人化したものであって、龍村平蔵から、その事業の営業譲渡を受けたものと認められる。そうすると、被告株式会社龍村美術織物は、上記営業譲渡に伴って、龍村平蔵が使用していた「龍村平蔵製」、「龍村平蔵模」、「龍村製」といった著名な商標の帰属主体たる地位をも承継したものと解するのが相当である。

そして、被告株式会社龍村美術織物及びその関連会社である被告有限会社龍村織賓本社は、龍村謙が被告株式会社龍村美術織物から独立した後も、龍村元を三代目龍村平蔵とし、龍村平蔵及び龍村謙の作風、技法を引き継いで高級織物製品の制作に従事し、東京、大阪などのデパートで被告らの製造する高級織物製品の展覧会を開催するなどし、龍村商標と結び付けて商品の広告宣伝に努めたというのであるから、龍村商標は、昭和57年10月当時、被告らの業務に係る商品である高級織物製品を表示する商標として、高級織物に関心を有する顧客層の間に広く認識されるに至ったものと認めるのが相当である。

他方、上記認定の事実によれば、龍村順は、龍村謙の死後、原告の経営を引き継ぐとともに、「龍村光峯」と称し、龍村平蔵及び龍村謙の作風、技法の流れを汲んだ高級織物製品の製作に従事し、広告宣伝や新聞、テレビによる報道の結果、社会的評価を受けるに至ったものの、その商品は、祖父龍村平蔵及び父龍村謙の作風、技法を引き継いだものであると認識されていたにとどまり、いまだ、龍村平蔵及び龍村謙の作風、技法とは識別される程度の独自性を取得するに至ったと認めるに足りない。

(3)  そこで、本件商標と龍村商標とを対比するに、本件商標は、「龍村」の氏と「光峯」の名とが結合されており、一般的にいえば、一体不可分の個人の氏名又は雅号を表示するものである。

ところで、前記(2)認定の事実によれば、原告の製品は、龍村平蔵及び龍村謙の作風、技法と識別される程度の独自性を取得するに至ったと認めることができず、したがって、上記商品について使用される本件商標も、独自の自他商品識別機能を取得したとは認めがたい。一方、前記(2)認定のとおり、龍村商標は、被告らの業務に係る商品を表示する商標として著名性を取得していたのであるから、このような取引の実情のもとでは、本件商標は、「龍村」の部分が、商品の出所の識別標識として取引者、需要者に強い印象を与えるものというべきである。

そうすると、原告が、その製造販売する商品に本件商標を付するときには、取引者、需要者は、上記商品が、被告らの業務に係る商品、若しくはその関連会社又は被告らの承諾を得ている者の業務に係る商品であるかのような認識を生じさせ、その商品の出所について混同を生じるおそれがあるといわざるをえない。

(4)  原告は、初代龍村平蔵の事業は、実質的には、被告ら、龍村晋及び原告の三者に引き継がれたものであって、「京都の龍村」として著名な事業とは、被告ら、龍村晋及び原告の三者を併せた事業をいい、特に、原告は、二代目龍村平蔵として昭和10年頃から初代龍村平蔵と共にその名声を獲得した龍村謙が創設した会社であって、初代龍村平蔵の事業の著名性の確立に寄与したもので、原告の事業もまた、被告ら同様に初代龍村平蔵の流れを汲む事業として著名である旨主張する。

しかしながら、前記(2)の認定判断のとおり、龍村平蔵の事業につき営業譲渡を受けたのは被告株式会社龍村美術織物であり、その後に、被告株式会社龍村美術織物の顧問であった龍村謙が被告株式会社龍村美術織物を辞めて原告を設立したのであって、原告の事業は、龍村平蔵の事業を引き継ぐ被告らの事業と法的にも経済的にも関連性がないのであり、したがって、原告の事業が初代龍村平蔵の事業を引き継ぐものとも、被告らの事業を引き継ぐものともいうことはできず、初代龍村平蔵の獲得した著名性の帰属主体となるものではない。このことは、龍村謙が、被告らの事業及び龍村平蔵の創作した高級織物について多大の功績があったとしても同様であって、原告の上記主張は、採用することができない。

また、原告は、原告の代表者である龍村順は、昭和53年頃から、高級織物の制作活動に使用する雅号として「寵村光峯」を創作し、自己の制作に係る商品の商標として上記雅号を使用してきたところ、本件商標を使用した原告の商品は、高い評価を受け、いわば、玄人受けする商品として、次第に取引者、需要者の間に浸透していき、そして、本件商標は、商標登録出願の当時ないし登録査定時において、原告の業務に係る商品を表示するものとして取引者、需要者の間において周知、著名となっていた旨主張する。

しかしながら、前記認定判断に照らせば、同人の作品、すなわち、原告の高級織物製品は、祖父龍村平蔵及び父龍村謙の作風、技法を引き継いだものであると認識されているにとどまり、いまだ、本件商標が、龍村商標と画然と区別されて、原告の業務に係る商品を表示するものとして取引者、需要者の間において周知、著名となり、独自の自他商品の識別標識としての機能を果たすに至っているということはできない。

そうすると、原告の上記主張も、採用することができない。

更に、原告は、龍村商標のうち「龍村平蔵」又はこの文字を含む商標は、「龍村平蔵」との関係において著名なのであって、「龍村」又はこの文字を含む商標についても、「龍村平蔵」と表裏一体のものとして著名であるところ、その「龍村平蔵」の姓名のうち「平蔵」の部分が「光峯」と明記された本件商標は、「龍村」と「光峯」が分断されて「龍村」の観念、称呼を生じることはない旨主張する。

しかしながら、前記(2)及び(3)の認定判断に照らせば、上記主張は、理由がないことは明らかであって、採用の限りでない。

(5)  以上によれば、本件商標が、被告らの業務に係る商品、あるいは、その関連会社又は被告らの承諾を得ている者の業務に係る商品であると認識し、その商品の出所について混同を生じるおそれがあり、本件商標の登録は商標法4条1項15号の規定に該当するとした審決の判断は、正当である。

第3  よって、審決には原告主張の違法はなく、その取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日 平成10年10月29日)

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 春日民雄 裁判官 宍戸充)

理由

1. 本件登録第1738502号商標(以下、「本件商標」という。)は、「龍村光峯」の文字を縦書きしてなり、第16類「織物、その他本類に属する商品」を指定商品として昭和57年10月2日に登録出願、同59年12月20日に設定の登録、その後、平成7年2月27日に商標権存続期間の更新登録がなされているものである。

2. 請求人は、結論同旨の審決を求めると申立、その理由及び被請求人の答弁に対する弁駁を次のように述べ、証拠方法として甲第1号証乃至同第79号証(枝番号を含む)を提示した。

(1)請求人有限会社龍村織賓本社は、昭和29年3月5日に設立に係り、請求人株式会社龍村美術織物は、昭和30年12月3日の設立に係り、帯を始め、壁掛、テープルクロスなど美術織物製品の製造販売等を営業目的とする法人である。

これに対し、被請求人も帯を始めとする織物諸製品の製造販売等を営業目的とする法人であり、請求人とは競争関係にある会社であり、請求人が長年使用する周知蓍名な商標との関係で本件商標が使用されると、需要者・取引者をして請求人と何らかの関係がある者の業務に係る商品であるかの如く、混同を生ずるおそれがあるところから本件商標の存否について請求人は重大な利害関係を有している。

(2)本件商標は、請求人が長年使用する周知蓍名な商標「龍村の帯」、「龍村製」との関係で、商標法第4条第1項第15号若しくは同第4条第1項第10号の規定に該当し、又、請求人の所有する登録商標に類似するものとして、同法第4条第1項第11号の規定に該当し、商標法第46条第1項の規定によりその商標登録は無効とされるべきである。

(3)請求人は、織物の産地・京都にあって、帯を始めとする和装用品、どん帳、壁掛け、テープルセンタ一等の織物美術製品の製造販売を業務としているもので、各種織物製品には「龍村」の文字を含む商標を長年使用しており、織物地、織物製品に関連ある第16類、第17類、第20類、第21類等の各商品区分に請求人の名義で多数の商標権を取得し、「龍村」の商標に関する商標保護に努めている。

そのうえ、請求人は、明治7年京都において織物業を創業し、西陣織の研究をもとに帯を始めとする織物製品を製作販売し、更に明治末期より大正時代にかけて正倉院、法隆寺等に伝わる古代裂、あるいは名物裂等、古今東西の著名な織物を研究複製し、優れた織物を創作した者として名声を得た初代龍村平蔵(明治9年~昭和37年)の業績を継承して今日に至っており、請求人代表者龍村元は三代龍村平蔵として古代織物及びそれを基盤とする織物美術創作の伝統を受け継ぎ、それを発展せしめているもので、請求人の製造販売に係る織物製品は「龍村織」、「龍村製」、「龍村裂」として内外に高く評価されている。

初代龍村平蔵は、古代の織物を現代に復興するという大事業を完遂し、その業績が世界的に認められた織物美術家であり、併せて「龍村の帯」の名を有名ならしめた者である。

「龍村」の文字を含む商標は、初代から三代龍村平蔵に至る今日まで、帯、壁掛、テープルクロスを始めとする各種の美術織物製品に使用しているものであるが、特に、「帯」については、「龍村の帯」「帯は龍村」と指称される程、「龍村」の商標は著名となり、また、「龍村製」の商標は、「帯」「壁掛」を始めとする高級美術織物について使用するものとして本件商標の登録出願前より古くから需要者・取引者に著名となっていることは裁判所においても認めらている(甲第4号証)。

また、「帯」はもちろんのこと、壁掛け、テープルクロスなど、請求人が取り扱う美術織物全般について使用する「龍村」、「たつむら」、「タツムラ」、「TATSUMURA」の商標は、請求人の業務に係る商品を表示するものとして広く認識されている(甲第42号証乃至同第54号証)。

本件商標は「龍村光峯」の漢字からなり、その構成に相応して「タツムラコウホウ」の称呼を生ずるものである。

しかしながら、本件商標を構成する文字は必ずしも一体的なものとして観念しなければならない理由は存在せず、「龍村」と「光峯」の文字の結合からなる商標として認識・観念される。

そのため、本件商標に接する需要者・取引者をして、請求人と何等かの関係がある者の業務に係る商品であるかの如く誤認せしめるばかりか、請求人の業務に係る商品であるかの如く誤認せしめることとなる。

また、商品との関係をみると、請求人は各種織物製品の製造販売を業務としており、織物、帯、どん帳、テープルセンター等の他、正倉院御物裂、名物裂等の複製の裂を用いたハンドバック、さいふなどのかばん類、袋物等を取り扱っている。被請求人もまた、織物、帯、どん帳、かばん、袋物等の各種織物製品の製造販売を行う競争関係にある。

それ故、「龍村」、「龍村製」の商標を使用する商品「帯」と織物地とは密接な関係であり、同種の織物製品を取り扱う現実の取引においては、競合する分野であり、このことからも、需要者・取引者をして請求人の業務との関係で誤認、混同を生ぜしめるおそれが大である。

よって、本件商標は、著名商標「龍村」及び「龍村製」との関係で請求人の業務に係る商品と混同を生ずるおそれがある商標であり、商標法第4条第1項第15号の規定に該当するものである。

(4)請求人の使用に係る「龍村」商標は「帯」についてはすで著名性を獲得しているといえるものであるが、「帯」の他に「どん帳」、「テープルセンター」、「テープルクロス」「織物地」等に「龍村」、「たつむら」、「タツムラ」、「TATSUMURA」商標を長年継続して使用している結果、本件商標の出願日前にあっては、すでに請求人会社の業務に係る商品を表示するものとして取引者、需要者の間に広く認識されていた。

それ故、「龍村」の文字のみからなる商標はもちろん「龍村」の文字を含んでいる商標については、周知著名な商標「龍村」の部分に需要者の注意が集中するものである。

すなわち、著名な商標と他の文字とを結合した商標は、その著名な商標と類似するということがいえ、周知性の高い商標にも相当するとすることができ、さすれば、本件商標は「龍村」の部分に需要者の注意が集中し、本件商標に接する取引者、需要者は商品の出所について彼此混同を生ずること必至である。

よって、本件商標は、周知商標「龍村」に称呼及び観念において相紛らわしい類似の商標であり、指定商品についても同一若しくは類似の商品である「織物」を含んでいるところから、商標法第4条第1項第10号に該当するものである。

(5)請求人は、「龍村織」(商標登録第661297号)「TATSUMURA」(同第683088号)、「龍村製」(同第971379号)、「龍村裂」(同第971380号)、「TATSUMURA」(同だい971381号)、「たつむら」(同第971382号)、「龍村」(同第1549000号)、「龍村織物」(同第1731394号)の登録商標を始め、商品区分第16類(旧分類第30類を含む)に「龍村」に関連する数多くの商標を所有している。

上記登録商標は、「龍村」の文字及び「タツムラ」の称呼を要部とするものであり、本件商標は、これらの先登録商標に類似するものだる。

本件商標は、「龍村光峯」の漢字を書したものからなり、「タツムラコウホウ」の称呼が生ずるものとなっている。しかしながら、「タツムラコウホウ」の称呼は一連に称呼するには冗長であり、「タツムラ」と「コウホウ」の中間にひと息入れるのが自然であろ。さすれば、本件商標の前半に位置し、商標の構成並び称呼において重要な位置を占める「龍村」「タツムラ」が主要なものとなり、本件商標に接する需要者をして、「龍村」の部分を意識せしめることになる。

故に、本件商標の「龍村」の部分は、引用各商標と「龍村」と同一の構成、称呼または、要部とするところからこれらに類似するものとなり、本件商標若しくは各引用商標を同一若しくは類似の商品に使用するときは、彼此混同を生ずること必至である。

よって、本件商標は、商標法第4条第1項第11号に該当するものである。

故に、本件商標は、商標法第46条第1項の規定によりその登録を無効とされるべきものである。

(6)被請求人は、自ら利害関係人として参加し大阪高等裁判所昭和53年(ネ)第1425号土地建物所有権移転登記等抹消手続請求事件の和解調書(乙第一号証)第三項において請求人が使用する商号並びに商標「龍村」、「龍村製」、「龍村織」、「龍村裂」、「龍村織物」、「龍村織賓」、「龍村錦帯」、「龍村工芸」、「龍村平蔵」、「龍村緞帳」、「龍村美術」その他「龍村」の名称を含む多数の商標と同一または類似の商号及び商標を使用しないと合意しているものであり、この合意が和解の重要な前提条件となっていた。

但し、上記和解調書第二項において、被請求人の商号のみについては、請求人などの使用する商号と類似するものの、特に例外として商号の使用を認め、かつ、「株式会社龍村光峯」へ変更して商号登記することを認めたものであり、商標として使用することを認めたものではない。

被請求人が、本件商標を使用することは、請求人の商標権に抵触することになるのみならず、請求人等との間の和解調書に違反する行為として重大な和解契約違反の責任が生ずることになるのである。

よって、請求人等は本件審判を請求することについて、法律上正当な利益を有するものである。

(7)被請求人は、本件商標は氏名商標であることを強調しているが、「龍村光峯」を一連不可分の商標として観念しなければならない理由も見いだし得ない。

かえって、本件商標は、請求人等の登録商標「龍村」を始め、「龍村」の文字を要部とする登録商標が多数存在するところからこれらの商標との関係で類似することになり、また、「帯」を始めとする「絹織物、美術織物、和装用品」等の商品について需要者・取引者の間に広く知られている「龍村」及び「龍村」の文字を有する商標との関係から、請求人等の業務に係る商品と混同を生ずるおそれがあるといわざるを得ない。

(8)そもそも、龍村平蔵の襲名は、法的な意味では、既に請求人有限会社龍村織賓本社所有の商標として登録されている「龍村平蔵製」、「龍村平蔵」等について、その者が製作する商品に「龍村平蔵製」等を表示することについての当該商標使用の許諾があったことに基づくものである。

龍村平蔵の襲名は、戸籍上の本名まで、変更するものではない。龍村謙が戸籍上の本名まで「龍村平蔵」と変吏したのは同氏の個人的な行為であり、請求人等の予想するものではなかった。

従って、昭和51年11月14日に、請求人株式会社龍村美術織物の代表取締役である龍村元が三代龍村平蔵を襲名した際には、請求人有限会社龍村織賓本社は、龍村謙(二代龍村平蔵)に代わり、龍村元に対し、三代龍村平蔵として当該商標の使用許諾をすることと決定したものである。

その際には、請求人等において、請求人等の社内手続きに従い、内外の学識経験者を審議委員とした「龍村平蔵襲名審議会」において客観的な評価を得て正当な手続きを経たものである。なお、龍村順は、龍村謙による株式会社龍村平蔵織物美術研究所設立後、織物業に携わるようになったものにすぎない。

龍村元が三代龍村平蔵を襲名して16年余り、三代平蔵の活躍はめざましく、いまや名実共にその地位を不動のものとしている(甲第26号証、同第37号証、同第38号証、同第66号証等)。

また、初代龍村平蔵から半世紀以上の長きにわたって、請求人等の商品を扱っているデパート・高島屋では、請求人等の商品を日本の伝統と美を伝える最高級品として広く紹介している(甲第78号証及び同第79号証)。

3. 被請求人は、「本件審判の請求を却下する、または本件審判の請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする」と答弁し、その理由を次のように述べ、証拠方法として乙第1号証乃至同12号証を提示した。

(1)被請求人会社は昭和51年3月24日に設立されたものであるが、設立当時の商号は株式会社龍村平蔵織物美術研究所であった処、昭和57年9月1日にこれを株式会社龍村光峯と変更して今日に至っているものである。

ところで、この商号の変更は、かって請求人等と被請求人との間に係属していた訴訟事件に関する裁判上の和解結果としてなされたものである。

「龍村光峯」は被請求人会社の代表者である「龍村順」が昭和53年頃より使用している雅号であり、それに因んでかつそれと実質上同一性認識を与えるため、前記の被請求人改称後の商号を「龍村光峯」としたものであり、その事実は請求人においてもつとに承知のことであり、そのうえで前記裁判上の和解を成立させたものである。この裁判の和解は、実質的には、被請求人会社が株式会社龍村光峯の商号を使用することに関しては、請求人は、請求人等の商号または請求人等が所有する商標権等に基づいては一切異議を唱えないことを約定したものである。

被請求人の現商号「株式会社龍村光峯」のうち「株式会社」の部分は会社の種類を表示したものであり、したがって、「龍村光峯」の部分が商号の要部とみなされる部分である。そして、本件商標は被請求人の商号のこの要部と符合しているものであり、請求人等に対する関係においては、被請求人はその商号である「株式会社龍村光峯」とともに実質上同一の「龍村光峯」なる名称を営業主体標識として権利として使用できるものである。すなわち、和解条項は請求人等に対し被請求人の名称「龍村光峯」の使用に関し不争義務を課しているものと言うべき処、本件審判の請求は実質上この不争義務に反する行為であり、したがって、被請求人は請求人等が主張する無効原因との関係においては本件審判請求をなすことについて法律上正当な利益を有しないものである。

したがって、本件審判の請求は不適法であり、却下されるべきである。

(2)請求人引用商標は、いずれも「タツムラ」の称呼を要部とするものである。

これに対し、本件商標は「寵村光峯」の文字を一連に縦書きしてなるもので、一見して明らかな如く、1つの氏名を商標として採択したいわゆる民名商標である。そして、「龍村」の部分が氏に相当し、「光峯」の部分が名に該当することは極めて容易に理解できるところであり、それ以外の意味において氏名を表したものであるとの理解を生じる可能性はない。

すなわち、「龍村」なる名称は日本人の氏姓の1つを表すものとして全く適切なものであり、かつそれ自体奇異な姓でもなければ音読或いは訓読困難な姓でもない。そして「光峯」の名称は名の一種の雅号として適切な名祢であり、客観的にもそのように観察されるとするを相当とするものである。現実にも本件商標の「龍村光峯」は、被請求人会社の代表者である「龍村順」が昭和53年以降使用している著名な雅号と符合するものである。

一般に氏名は氏と名の結合によって特定の個人であることの認識、すなわち同一性認識を与えるものである、同一の姓あるいは同一の名のみでは特定の個人の同一性の認識を与えるには不十分であるが、特定の氏と特定の名の結合によって初めて特定個人の同一性表彰が可能となる。

本件商標は、氏名商標であるから、その氏の部分「龍村」と名の部分「光峯」が組み合わされて初めて1つの氏名として認識可能となるものであり、この認識において初めてそれが商標として使用されたとき同一性表彰機能並びに特別顕著性機能を果たすことができるものである。

本件商標は、「龍村光峯」の4文字の一連不可分の結合において初めて自他商品の識別機能を有するものであり、その表示態様からみても、かつ氏名商標として有意性を考えてみても「龍村」と「光峯」の部分が分離して観察されれる可能性はない。

したがって、特定人の氏名または雅号としての「龍村光峯(タツムラコウホウ)」の観念称呼を生ずる本件商標は、単に「龍村(タツムラ)」の観念称呼を生ずるにすぎない請求人引用各商標とは、外観においてももちろんのこと、観念および称呼においても何等類似するものではない。

よって、本件商標は商標法第4条第1項第11号の規定に該当するものではない。

(3)請求人の使用する「龍村」、「たつむら」「タツムラ」「TATSUMURA」商標が現実にどのような具体的商品について著名になっていたかについては、請求人の引用する甲第68号証判決においても不明確であることが指摘されており、本件商標の指定商品について請求人の使用する商標が必ずしも周知著名であったということはできない。加えて、仮に請求人の商標が特定の商品について周知著名であるとしても、その商標は「龍村(タツムラ)」の観念称呼で取り引きされるものであり、「龍村光峯(タツムラコウホウ)」の観念称呼を生ずる本件商標とは観念称呼において顕著に相違し、本件商標は請求人が著名商標であると主張する商標とも何等類似するものではない。

したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第10号の規定にも該当しないものである。

(4)初代龍村平蔵(明治9年~昭和37年)の業績については請求人の主張するとおりであり、かつ、その業績が龍村謙(2代目龍村平蔵)によって引き継がれたことも請求人の指摘するとおりである。初代龍村平蔵の事業は次男龍村謙が引き継ぎ、その後龍村謙は平蔵を襲名して文字通り初代龍村平蔵の後継者となった。

請求人は、初代龍村平蔵の4男(正確には6男である)龍村元が昭和51年11月14日に3代目平蔵を襲名したと主張しているが、これは2代目龍村平蔵(旧名、謙)の承諾を得たものでもなければ、客観的にそのような評価を得て襲名したものでもなく、さらには法律上改名手続がとられて平蔵を襲名したものでもなく、ただ龍村元が一方的に自ら襲名宣言を行ったにすぎないもので、2代目龍村平蔵の事業および名跡が龍村元に引き継がれた事実はない。

一方、2代目龍村平蔵(旧名、謙)はその個人的事業を会社組織の事業とするため、昭和51年3月24日に株式会社龍村平蔵織物美術研究所を設立し、自らその代表取締役となった。2代目龍村平蔵の死去に伴い、その子龍村順が株式会社龍村平蔵織物美術研究所の代表取締役に就任し、その後、昭和57年9月1日に現商号株式会社龍村光峯に変更している(乙第6号証ないし同第11号証)。

被請求人会社の代表取締役龍村順は昭和53年頃より龍村光峯と号し、2代目龍村平蔵の後継者として織物制作活動を行い、その創作に係る製品を被請求人会社において取り扱い販売しているものである。

龍村順は、初代龍村平蔵(龍村光波と号す)とも2代目龍村平蔵(龍村光翔と号す)とも異なった人格であり、しからばこそ、これらとは明瞭に区別できるよう龍村光峯と号しているものである。

そして、その雅号が本件商標として被請求人の取り扱い販売に係る製品に使用されるものであって(乙第12号証)、本件商標「龍村光峯」がその指定商品に使用されても、「龍村平蔵」、「龍村」あるいは「タツムラ」の名称、または商標が使用されている請求人等の取り扱いに係る商品と出所について混同を生ずるおそれは全くない。現実にも「龍村光峯」の雅号および商標は昭和53年以降被請求人会社代表者および被請求人会社においてそれぞれ本件指定商品に関して使用されており、その事実も本件商標出願当時においてすでに業界で著名であり、本件商標を使用した商品は請求人の取り扱いにかかるものと何等混同を生ずることなく区別されているものである。

したがつて、本件商標は商標法第4条第1項第15号の規定にも該当するものではない。

(5)和解条項をみてみると、商号を「株式会社龍村光峯」と変更し、登記手続きをとる。とあって、商号や商標を使用するときは商号・商標中に「龍村平蔵」「株式会社龍村美術織物」および「織寶」の使用する商号・商標と同一又は類似の商標を使用しない。と記載されている。請求人が商号や商標に使用しているとしている各商号・商標をみると、「龍村」「龍村製」「龍村織」「龍村裂」「龍村織物」「龍村織賓」「龍村錦帯」「龍村工芸」「龍村平蔵」「龍村緞帳」「龍村美術」などである。

そこで本件商標をみれば、「龍村光峯」の漢字で登録され、本件商標は被請求人の商号の略称を表すものとして、商品の取引者、需要者に広く知られているものである。

従って、会社の商号を表したものとしての(龍村光峯)の観念のみが生じるものとみるのが自然である。

本件商標を構成する「龍村光峯」の文字は、書体の大きさ、同じ書体、同じ間隔をもって一連に表されており、外観上まとまりよく一体に構成されているばかりでなく、称呼する場合にも無理なく一連に称呼し得るものである。

すなわち、「龍村」と「光峯」とに分断してみなければならない特段の事情が存するとも考えられず、外観上まとまりよく一体的に構成されていると取引者や需要者にみられるものである。

そうとすると、本件商標は、その構成文字に相応して「タツムラコウホウ」の称呼のみを生ずるものといいえるものである。

してみれば、本件商標から生ずる称呼と請求人の所有する商標から生ずる称呼とは、称呼において顕著な差異があり称呼上相紛れるおそれなど全くあり得ないものである。また、外観及び観念においても相紛れるおそれのある共通点はない。

本件商標は、請求人の著名な略称又は請求人の取り扱いに係る商品を表示したものとはいい得ないから、他人の著名な略称を含むものとはいえず、本件商標を指定商品に使用しても、商品の出所について混同を生ずるおそれはないものである。

したがって、本件商標の登録が商標法第46条第1項の規定をもって無効とされるべきものではない。

1. よって本件審判の請求について当事者間において、利害関係に関し争いがあるので先ずこの点について検討するに、本件商標は「龍村光峯」の文字よりなるものであり、これに対し、請求人は、「龍村」、「龍村平蔵製」、「龍村製」、「龍村裂」、「龍村織」、「龍村織物」、「龍村錦帯」、「たつむら」、「タムツラ」、「TATSUMURA」などの商標を「帯」、「壁掛け」を始めとする高級な美術織物及び美術織物製の製品について使用していることが認められ、請求人の使用に係る商標には「龍村」の文字がその要部として把握、認識されるものであるところから、本件商標構成する文字においても当該「龍村」の文字が含まれていることから、両者の商標が混同すること等を理由として本件商標を無効にすることを求めているものであること明らかであり、この点において請求人は、本件審判の請求をなすことについて利益を有するものと認められ、さらに、当事者間における和解条項に記載された「龍村」等の商号及び商標と類似する商標を被請求人らは使用

ないこととされたことからみても、特に使用を認められた商号「株式会社龍村光峯」の要部を商標として商品について使用するために本件商標の登録を受けたものと認められる本件商標中には「龍村」の文字を含むものであり、このような本件商標は、和解条項にいう「龍村」等の商標と類似、混同を理由としてその登録の無効を求めているものであることからも、請求人は、本件審判の請求について利害関係を有するものと言わざるを得ない。

そこで本案に入って判断するに、本件商標は「龍村光峯」の文字を縦書きしてなるものであり、その指定商品を昭和34年商標法による商品の区分第16類「織物、その他本類に属する商品」とするものである。

ところで、請求人の提示した証拠を総合勘案すれば、龍村平蔵は、明治27年頃京都において織物販売業をはじめ、そのうち、販売だけにあき足らなくなり、西陣に工場を構え、種々研究のうえ創作した九重繻子、纐纈織、高浪織といわれる織物帯を始めとする織物製品を製作販売するようにもなったところ、これらが世間にもてはやされ、明治末期にはかなり著名な織物業者に数えられるようになった。そして、その後も古今東西の著名な織物に興味を示してこれを研究複製すると共にその成果を応用した帯等を製作することに努力し、大正8年には東京、大阪において第1回龍村平蔵織物美術展会を開催し、自己の苦心の作品である帯10点を展示して世に問うたところ、これが古代の有名な織物の模様等をもとに創作された優れた模様を織り出していたところから、芸術品の域に達しているとして非常な好評を博し、これが新聞にも取り上げられて全国に紹介されるに至り、日本全国にその名を馳せ、大正10年頃には声援を受けていた美術界の著名人の後援により、古代裂、名物裂の頒布会が結成されて、優れた作品が世間に頒布され、その名声がいよいよ確固たるものとなり、大正12年頃以降は、当時としては破格の名誉に属する宮内省から製品注文もたびたび受けるようになり、特に昭和4年頃には、秩父宮の御成婚に際し皇室から贈られる壁掛の制作依頼を受けるほどで、その名はつとに日本全国に著名となっていたが、その間、自己の作品には、製作者を明らかにする趣旨で「龍村平蔵製」、「龍村平蔵模」、「龍村製」の文字を織り込んでいたので、該表示も同人の手になる高級織物の誉の高い織物製品を指すものとしてつとに日本全国に著名となっていた。

そして、龍村平蔵の業務及び「龍村平蔵」、「龍村製」等の商標権は、請求人に引き継がれ、各種織物の製造販売、取扱商品も増大し、東京にも支店を設け、製品の優秀さから京都の龍村として各種の書籍にも紹介されるまでに有名になり、これらの商標権は、本件商標出願前までには請求人に係る「帯」、「壁掛け」、「高級な美術織物」及び「織物製品」について使用され、著名になっていたものと認められる。

そうとすれば、本件商標は、前記のとおり「龍村光峯」の文字よりなるものであるが、これが全体として特定の者を認識し得るものとして、その指定商品を取り扱うこの種業界において、知られていると認め得ることはできないものであるから、これに接する取引者、需要者は、前記のとおり、商品「帯」、「壁掛け」、「高級美術織物」等に使用し著名になっている「龍村平蔵製」、「龍村製」等の商標を使用する請求人の業務に係るもの若しくはその関連会社、又は、請求人の承諾を得ている者の業務に係る商品であると認識し、その商品の出所について混同を生ずるおそれがあるものと判断するのを相当とする。

なお、被請求人は、本件商標は、「株式会社龍村光峯」の商号の略称、又は、氏名商標として認識され、被請求人代表取締役の雅号として需要者に広く認識されていると主張するところあるが、そうと認め得る証左はなく、前示のとおり判断するのが相当であるから、被請求人の本件商標に関する主張は採用できない。

してみれば、本件商標は、その指定商品について使用した場合、これに接する者が本件商標の出願前から著名な「龍村製」等を使用する請求人の業務に係る商品若しくはその関連会社、又は、請求人から承諾を得た者の業務に係る商品であるかの如く、その商品の出所について混同を生ずるおそれがあるものと認め得るから、本件商標は、商標法第4条第1項第15号に該当するものといわざるを得ない。

したがって、請求人主張のその他の無効理由について判断するまでもなく、本件商標は、商標法第4条第1項第15号の規定に違反して登録されたものであり、同法第46条第1項の規定により、その登録を無効とすべきものである。

よって、結論のとおり審決する。

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